革新的な製品は、
容易には生まれなかった。
Brizebox(ブライズボックス)は、英国生まれの戸建て用デザイン宅配ボックス。英国の発明家ブライアン・ウィルコックスの「あったらいいのに」から、日本の建材問屋ボウクスが抱いた「宅配の現場を、なんとかしたい」まで。Brizeboxが世に出るまでの物語。
すべての始まり
ブライズボックス創業者・代表取締役 ブライアン・ウィルコックス
私は根っからのエンジニアで、小さいものはマイクロチップから大きいものは大聖堂まで、あらゆる技術的な形状に大変興味があります。新しいものを造ったり改造したりするのが大好きで、最良のものを生み出すためには労力を惜しみません。
多くの人がそうであるように、私も2000年代の初め頃からインターネットのオンラインショップを定期的に利用するようになりました。注文すると荷物がちゃんと届く——そのプロセスが私にはとても魅力的でした。
問題は、荷物が予測もつかない状況で届くこと。
帰宅するとドアの前に、誰からも見える状態で荷物が置かれていたことがありました。決して安くない商品がそのまま家の前に。留守だと泥棒に知らせているようなもので、ぞっとします。郵便物は朝7時から午後2時までしか開かない郵便局に持ち帰られ、取りに行かねばならないことも。最も困ったのは、気難しい隣人宅に預けられ、こわごわドアをノックして受け取りに行くことでした。すると隣人は言うのです——「宅配ボックスを買ったらどうなんだ」と。
私はすぐにネットで宅配ボックスを探しました。でも、私の目的をかなえるデザインのものがどこにも売っていないと分かり、驚きました。
「ないのであれば、
作ってしまおう。」
アイデアから、完成したプロダクトへ。
物を入れて閉めると下に落ちるという引き出しの底の構造は、最初から考えていたことではありませんでした。何度か試作するうちに、このシステムにたどり着いたのです。宅配業者が余分な操作をせず、ボックスがいっぱいになるまで受け取れて、なおかつ安全。それにはこの方法しかないと思いました。
何か素晴らしいことの始まりだと予感し、まずプロトタイプを木で作りはじめました。未熟な初期のコンセプトを今日のBrizeboxのような完成度に仕上げるため、エンジニアチームの総力を結集させました。
たとえば、亜鉛系メッキ鋼板をパウダー塗料でコーティングするのは建築業界の外装手法です。レバーメカニズムやロック、蝶番には丈夫で長持ちするステンレスを採用し、可動部にはナイロンウォッシャーを挿入。引き出しやドアには雨水が入りこまないようラバーシールを施しました。少しでも改良できると思った点は、すべて改良しました。素材・仕様の詳細を見る →
名前の秘密 — “Brian's Box”
余談ですが、最初からBrizeboxと名付けようと思ったわけではありません。なかなか良い名が浮かばず、しばらく “Brian's Box”(ブライアンのボックス) と呼んでいました。そのうち良い名前が思いつくだろうと。ところが意外とこれが好評で、そのまま正式な製品名になったのです。
— Brian Willcox
私たちが、この箱に出逢うまで。
2018〜19年ごろ、「不在による再配達問題」がさかんに報じられていました。そんな中、宅配の現場の過酷さを伝える報道が相次ぎ、荷物の扱いをめぐる映像が話題になることもありました。これをきっかけに「物流への不信感」と「再配達のリアル」が、社会の課題として一気に浮き彫りになりました。
BOWCSは、50年以上にわたり建築資材を卸売・小売してきた建材問屋が母体です。「顧客第一主義」を経営理念に掲げ、時代とニーズにあった商品の供給に真摯に向き合ってきました。
世間の多くは、荷物を受け取る側の不満としてこの問題を語っていました。しかしBOWCSは「なぜこういうことが起きるのか」という本質に着目。ドライバーへの負担と弊害は、ユーザーの認識以上に深刻だ——その事実を、無視できませんでした。
「現場で奮闘する、あの人たちを、
なんとか救いたい。」
そんな経営陣の一念から、商品開発が始まりました。
「これ、普通にかわいい。」
きっかけは、ネットで検索していて偶然見つけた一枚の写真でした。それでも、その時の驚きは忘れられません。宅配ボックスといえば無機質な「箱」か、生協のような「袋」。それが当たり前だった時代に、このデザインは新鮮でした。宅配ボックスに「かわいい」という言葉が浮かぶとは、思ってもみなかったのです。
建材やタイルの輸入には慣れていても、宅配ボックスは初めて。それでもすぐにメーカーへ連絡を取りました。日本が抱える再配達問題、そしてデザイン性の高い製品が見当たらない現状と、私たちの理念やビジョンをお伝えすると、ブライアンは深く共感してくれました。話はスムーズに進み、「まずはお試しのつもりで」という気持ちから、総代理店としての歩みが始まりました。
日本品質へ。妥協のない、改良の日々。
強い興味を持った一方、サンプルが届き“日本人的観点”で検証すると、多くの懸念が浮き彫りに。ちょっとした歪み、ペイントの不均一、本体とポールの設計上の関係——。「多少の不具合は自分でなんとかする」のが当たり前の欧米と、そうではない日本。Brizeboxはまだ発展途上だと、よく分かったのです。
幸いだったのは、ブライアンがポジティブで探究心があり、何よりモノづくりが大好きだったこと。彼は良い意味で「営業マン」ではありませんでした。日本的なアドバイスに真摯に向き合い、実行してくれた。私たちも彼の課題——製造が中国パートナー工場であること、「もっと良いものを作りたいが指導しきれていない」という想い——を少しずつ理解していきました。
そんな彼の力になるべく、日本で売れる商品へ進化させるべく、製造工場へ出向き、現場・監督・責任者と話し合いを重ねました。とても根気のいる時間でしたが、この妥協がなかったからこそ、いま自信と愛情をもって、この商品を世に送り出せています。
手探りで始めた取り扱いも、いまでは入荷のたびに多くのご家庭へ届くまでになりました。カラーや設置オプションも少しずつ充実し、ありがたいことに、入荷を心待ちにしてくださるお客様もたくさんいらっしゃいます。
「現場のドライバーを救いたい」から始まったこの商品には、たくさんの人の想いと信念が詰まっています。